「目で見ているところにピタッとフォーカスを合わせたい」
カメラで写真を撮ったことがある人なら、そんな高品質なカメラをぜひ使いたいと思うのではないでしょうか。
デジタルカメラは年を重ねるごとに進化を遂げ、撮影者がより快適に撮影できるようにオートフォーカス(AF)エリアは広がってきました。2020年7月発売の「EOS R5」ではついに画面全体でのAFが可能となり、画面上のどこに撮影対象があってもAFで撮影できるようになりました。 そうなると今度は自分の意図する位置にすばやくAFフレーム(ピントを合わせるための枠)を合わせたくなります。
その解決策のひとつとして今注目されているのが「視線入力AF」。「目で見たところにフォーカス」できる入力方法です。
目で見たところにすぐにフォーカス
デジタルカメラで視線入力ができるようになると、写真や撮影はどのように変わるのでしょうか。
たとえば、キヤノンのデジタルカメラには、タッチパネルで触れた部分にフォーカスするという機能やマルチコントローラーによるAFフレームの移動など指での操作方法がありますが、 視線入力AFがあれば、撮影者が視線を向けるだけで狙った被写体にすぐにフォーカスができ、決定的な瞬間を逃してしまうこともありません。ファインダーに映る世界に入り込みながら、撮影だけに集中することができるのです。
スポーツ競技などで競り合うランナーそれぞれにフォーカスした写真がほしいとき、モータースポーツでマシンから別のマシンへフォーカスを切り替えたいとき、……視線入力AFが威力を発揮するシーンは尽きることがありません。
- ※初期設定では、黄色い円(ポインター)はシャッターボタン半押しで表示が消えます。
すでに登場していた視線入力
実は、キヤノンは1990年代に視線入力AFの開発に成功。アナログの一眼レフカメラやビデオカメラに搭載され、当時も画期的な技術として注目を集めました。しかし、「人によって精度が出にくいことがある」「目が疲れる人がいる」「目のわずかな動きや撮影中に目の位置が変わって視線がズレてしまう」といったいくつかの課題が生まれ、 その後、デジタル一眼レフへの移行やマルチコントローラー搭載機の登場により、搭載されなくなっていきました。
ミラーレスカメラの出現とデジタルカメラ時代の新技術が追い風に
ミラーレスカメラが人気を博すようになったとき、キヤノンの開発者は「今ならユーザーの期待する視線入力が実現できる」と考えました。
ミラーレスカメラの電子ビューファインダー(EVF)には、高画素の有機ELパネルが使われ、実に多彩な表示ができるようになりました。そのため、撮影者の視線位置をポインターで表示することができ、使い勝手が格段によい視線入力AFが可能になります。また、一眼レフカメラでは選択できるAFエリアが構図の中央付近だけだったのに対し、「EOS R」以降のAFエリアは広範囲な「面」になり、視線入力AFとの親和性はますます高まりました。
さらにデジタル カメラ時代になってから発達した被写体検出技術や瞳検出技術を組み合わせることで、ターゲットに対する視線のズレがあっても狙った被写体をとらえやすくなります。また、一度、視線でターゲットをとらえると、被写体追尾機能により、ずっと目で追い続けなくてもカメラが自動追尾し、常にピントが合った写真を撮影することができるようになりました。
そして、2021年11月発売の「EOS R3」に視線入力は再び搭載されることになりました。
この開発にあたって、何より力強かったことは、その昔、視線入力AFに携わった開発者と資料がそのままで残っていたことでした。原理図を描く、メカを設計する、プログラムを書く……すべてのプロセスにおいて、「こういう風にするとうまくいく」「こういうことに苦労した」「こういう人の視線が検出しにくい」といったさまざまな経験や知見の蓄積があり、開発の方向性の絞り込みや品質で注力しなければならないことをスムーズに見極めることができたのです。
視線入力AFの品質を高め、より多くの人が使えるように
これまでの開発でも課題となっていた、人それぞれの「目の違い」。人間の目は、まぶたの厚みやまつ毛の長さなど人それぞれに異なります。さらに、メガネの有無やカメラの構え方の違いによってファインダーと目との距離も変わります。そこで、さまざまな人にモニターをお願いして、延べ数百の人にテストに参加してもらい、品質を確認していきました。その結果、視線入力AFが難しいのは眼鏡をかけた場合であると再認識し、苦手とする場面を再現しながらトライ&エラーを重ねました。さらに、検証のためだけに「擬似眼球」を独自に開発。考えうるあらゆる条件で検討を行い、品質を高めることで、より多くの人が使える視線入力AFに仕上げることができたのです。
デジタルカメラとなって初めて搭載された視線入力AF。誰もが最高の一瞬を撮影できるように 、キヤノンはこれからも映像表現の可能性を追い続けていきます。