陸上、ラグビー、サッカー、モータースポーツ……トップアスリートが集うスポーツの現場には、選手の一瞬の活躍をとらえようとするフォトグラファーたちがいます。そこに白いレンズがずらりと並ぶ光景が、みなさんの記憶の片隅にありませんか?
でも、どうしてこれらのレンズの外装は白いのでしょう。実はこの白、キヤノンの望遠レンズ、通称 "白レンズ" に使われる特別な色。この白には写真の品質に関わる、重要な理由があるのです。
決定的な瞬間をアシストするために
キヤノンが、なぜ望遠レンズを白くしたのか。そのきっかけは「熱」にありました。炎天下の屋外といった環境で撮影をしているとき、熱の影響で部品がわずかでも変形すれば、写真の品質に影響を与えることもあります。そして、レンズそのものが熱くなることは、長時間、超望遠レンズを構え続けるフォトグラファーにとっても負担になります。
撮影者が、シビアな環境でも最高の一枚を撮ってほしい。そうした想いから、キヤノンはもっとも光を吸収しない白を採用することにしました。
白にもいろいろある
真夏に黒いものを触ってみると、思わず手を離してしまうくらいに熱いと感じたことはないでしょうか。これは黒が光を吸収しやすい色だからです。太陽エネルギーは熱となり、温度を上昇させます。色には太陽光を吸収しやすい色と、そうでない色があり、白はほかの色に比べて光を吸収しにくい色として知られています。
キヤノンの "白レンズは真っ白なのか" というと、実はそうではありません。光を反射しやすい真っ白のレンズは、遮熱性能に優れるものの、その白さゆえに眩しく感じることがあり、近くのフォトグラファーにとって撮影の妨げになることがあります。そうした配慮から、真っ白ではなく、反射を抑えられる柔らかい白にする……それがキヤノンの白レンズに採用された特別な白でした。
半世紀以上の歴史を持つキヤノンの白
キヤノンの白レンズの歴史は、実に半世紀以上も前から。キヤノンは初めて1960年に白を放送用カメラのレンズに採用。そして、1976年に一眼レフカメラ用レンズに白レンズを採用し始めました。歴代の白レンズを見比べると、つくられた時代によってわずかにその色は異なります。
カメラやレンズとともに、 "白" という色にも改良が加え続けられてきたのです。そして2018年、キヤノンは、この従来の白レンズをさらに進化させ、遮熱塗料を採用した白レンズを発売しました。そこにはさらに新たな品質へのこだわりが込められています。
これまでにない "白" をつくりだす
新しい "白" とはどのような "白" なのでしょうか。
まずめざしたのは、これまで以上の遮熱性能を持つ "白" 。もちろん、それだけではありません。屋外でプロのフォトグラファーがさまざまなシーンで使用してもキズがつかない耐擦性、長く光にさらされても変色しない耐候性。そして、キヤノンレンズにふさわしい白。こうした条件をすべて満たす塗料をつくりだすことが求められたのです。
この課題に対して、生産技術チームはさまざまな遮熱塗料を調査。建築用遮熱塗料に注目したものの、フォトグラファーが必要とする耐久、耐振動、および耐衝撃性を確保するには、硬度が足りない、少しでもぶつけるとキズになるなど、 "キヤノンの白" としてめざす色、品質に適うものを見つけることはできませんでした。
見つからない。ならば、自分たちでつくるしかない。キヤノンは、塗料の自社開発に取り組むこととなったのです。
自社開発で一つひとつ条件をクリア
新規塗料の自社開発をするなかで、どのように遮熱性能を獲得したのか。このとき、採用したアプローチは、熱をもつ素材を別の素材に代替するというものでした。従来の白色塗料には色を調整する原料として、赤外線を吸収する素材が使われていましたが、逆に赤外線を反射する素材に変えることでレンズ温度の上昇を抑えることに成功。
さらに変色の要因となる紫外線への耐性を持つ素材、キズに強い素材も新たに調合し、遮熱、耐擦、耐候といったさまざまな課題をクリアした塗料をつくり出していきました。
同時に行われたのが色の調整です。これは "キヤノンらしい白 " にする、いわばブランドアイデンティティへのこだわり。数々の塗装サンプルを作成するなかで段階的に色、質感を絞り込んでいき、炎天下でも眩しくなく、手ざわりまで含めてそのレンズにふさわしい塗料をつくるべく、地道な試作とチェックを繰り返しました。
塗料の厚みが少し違うだけでも光沢が変わり、色は違って見えてしまうため、塗装方法にも精細なコントロールが必要でした。最終的な色、質感はデザインチームによる目視でチェック。数値だけでは判断できないわずかな色差を見きわめ、キヤノンの "白" にふさわしい色を仕上げました。
炎天下の無風がほしい
しかし、開発はこれで終わりではありません。非遮熱の従来の白色塗料と比較して、今まで以上の遮熱効果はあるのかどうかを実際に検証する必要がありました。レンズの外側だけでなく、中にも温度計を入れ、炎天下でのテストを繰り返しました。
遮熱性能の違いを比べるのは困難をきわめ、新旧2本のレンズを並べたとき、わずかにカメラを傾ける角度が違うだけでも陽のあたり具合が変わり、風の有無でも温度が変わってしまいます。正確な検証を行いたいあまり、真夏の屋外で「炎天の無風になってくれ!」と尋常では考えられない願望をもつメンバーまで現れました。
炎天下での実証実験を積み重ねるとともに、人工太陽を用いて、真夏の太陽の下に置かれたレンズと同等の環境を再現した検証も交えながら、品質チェックを行っていきました。
こうして開発された新しい "白" レンズ。
そこには "最高の一枚、最高の映像を撮ってほしい" という、キヤノンの想いが込められています。