ブランドの信頼を守るために
Vol.3 プロが満足できるモノクロプリントを実現

モノクロ写真、それは黒と白で表現される世界。
明暗と構図による表現は、撮影者の意図と技量を際立たせ、見る側の想像力を刺激する表現方法として、カラー写真の時代となっても色褪せることなく、プロの写真家がさまざまな形で挑戦し、秀逸な作品が数多く世に送り出されてきました。

プロの写真家の作品づくりを支えるモノクロプリント技術を、キヤノンはどのように生み出したのでしょうか。

"不可能"といわれたモノクロの写真表現

モノクロは黒一色しか使わないのだから、カラー写真よりも簡単にプリントできるのではないか、そう思う人も少なくないでしょう。
しかし、インクジェットプリンターのプリントが、フィルムカメラ時代の銀塩写真に引けをとらなくなり、銀塩写真に置きかわり始めた2000年代初頭ごろ、キヤノンの開発者はプロの写真家から忘れることのできない言葉を投げかけられたといいます。それは、「銀塩写真のモノクロ表現は、インクジェットプリンターでは不可能だな」という言葉。
暗部の黒味が不足しているので深みのない色合いの写真に見える。明るい黒から暗い黒までの色の濃淡(グラデーション)が作品のイメージにあわせて表現できていない。確かにプロの写真家が“不可能”という理由はいくつもありました。

モノクロ写真に必要な色は、実は黒だけではありません。
銀塩写真時代の印画紙によるモノクロ表現の色合いには、ニュートラルな「純黒調」といわれる黒もあれば、赤みのあるあたたかい「温黒調」、青みがかった「冷黒調」などがあり、グラデーションにも、調子がぼんやりしている「軟調」からコントラストがはっきりしている「硬調」まであるという、底の知れない奥深い世界がありました。さまざまな色合いや濃淡をどのようにプリントできるかは、写真を作品と呼ばれるレベルにするために非常に重要な要素だったのです。ぬくもりを感じさせたい、リアリティを伝えたい……プロの写真家は黒のわずかな違いに自分の想いを込めることで、見る人の心を動かす、より豊かな写真表現を作り上げていたのです。

左から冷黒調、純黒調、温黒調

あらゆる黒を実現するインクを開発

キヤノンの開発者たちには、プロの写真家から"不可能"といわれたショックや口惜しさがいつまでも胸に突き刺さったままでした。
デジタルカメラとインクジェットプリンターの技術の進化によって、印画紙を使った銀塩写真の需要は急速に下降。このままではモノクロ写真という芸術は終焉を迎えてしまうかもしれません。キヤノンは、写真文化を発展させる責務があるという強い想いのもと、デジタル時代のモノクロ作品をインクジェットプリンターで実現するプリント品質の追求を始めました。

まず、行ったのは当時流通していたモノクロ印画紙約30種類の持つ表現力や特性を徹底的に研究しました。開発は、インクとプリンター用ソフトウエアの両面から進めていきました。
改良、評価の試行錯誤を繰り返すなかで、安定したグラデーションを作るための「グレーインク」、光沢紙で印画紙に匹敵する深みのある黒を表現できるインク「フォトブラック」、マット紙にその質感を生かした黒を表現できるインク「マットブラック」を新たに開発。
これら3つのインクの誕生で、モノクロプリントはさまざまなメディアに意図したグラデーションと黒の色合いを表現できるようになったのです。

展示場所によって見え方が変わる難題を克服

次に課題となったのが、「展示されたときのプリント品質」でした。
それまでのインクジェットプリンターによるプリントは鑑賞される場所、角度によって色や明るさが変わって見えることがありました。銀塩写真にできていることが、インクジェットのプリントではできていなかったのです。

なぜ、場所や角度でプリントの色や明るさが、銀塩写真のようにならないのか。
原因がわからず、開発者は悩み、試行錯誤していると、なんと部屋の壁紙の明るさが異なることでプリント物の色や明るさが大きく変わってしまっていたことに気づきました。
それからというもの、壁紙や床、天井からの光の反射を分析したり、最新の光シミュレーション技術を使って徹底的に研究。プリント物の色を数値予測する方法を見出して、研究を加速させ、ついにプリントの色や明るさの変化の原因が、プリントされたインク同士のすき間にできる光散乱や干渉であることをつきとめたのです。そして、インク同士の隙間を埋める透明インク「クロマオプティマイザー」の開発に成功しました。
クロマオプティマイザーは、光沢ムラを解消するとともに、シャープな表現、黒そのものの深みを増すことも実現し、展示するプリントの品質もプロの写真家が満足する仕上がりにすることができました。

インクジェットプリンターで出力したモノクロ写真

黒だけでない。白にも問題が

しかし、課題はまだほかにもありました。
環境によって色が変わるのはインクの影響ばかりではなかったのです。
インクジェットプリンター用紙は光沢系であってもマット系であっても、白をより白く見せるために蛍光増白剤が使われていたため、太陽光を当てると青白く光り、インクの載っていない白色の部分が青く見えてしまっていたのです。
純黒調、温黒調、冷黒調という色合いの違いはあっても、グラデーションを表現することが当然のモノクロ写真にとって、これは大きな問題でした。

この課題に対して、キヤノンがとった方策は紙自体の開発でした。光沢紙系、マット紙系それぞれで蛍光増白剤を大幅に低減させたばかりか、これまで以上に色再現性も高くした用紙を自ら新たに開発しました。
インクと紙の両方を開発したことにより、インクジェットプリンターで、印画紙に優るとも劣らないモノクロ写真作品を実現したのです。

写真家の世界観まで表現

画質として、プロの写真家が作品として認めるクオリティを実現することができたことはキヤノンにとって大きな自信となりました。
しかし、銀塩写真の品質再現にとどまっていては、新たな写真文化を創造することはできないとキヤノンの開発者は常々考えていました。撮影とプリントのリーディングメーカーとして、写真文化を守るだけではなく、モノクロ写真の可能性を引き出し、写真文化をさらに発展させるために、開発を続けていきました。

世界各地から調達したプリントメディアで確認

プロの写真家にとって写真は作品であり、使用する紙の質感や風合い、展示する場所も含めて芸術表現となります。キヤノンは、作品に使われるであろう光沢紙、ファインアート紙、和紙、フィルム、バライタなどを含むさまざまなプリントメディアを世界各地から100種類以上調達。色の再現性だけでなく、写真を作品として長く残すために必要な耐候性、プリンターとの適性などを徹底的に調査しました。

汗に近い薬品を垂らして行う品質確認

さらに、どのような場所であっても最適な品質を維持できることをめざして、光や水、オゾンガス、アルコール、汗といった環境にプリントをさらし、品質への影響を詳細に確認していきました。そして、さまざまなプリントメディアや展示される環境、使う人の好みにあわせて、プリントをカスタマイズできるプリントソフトウエアを開発。プロの写真家の期待に十二分に応えるプリント品質を生み出すことを可能にしました。

プリントをカスタマイズできるソフトウエア

キヤノンは、カメラを通して写真文化を作り出し、プリンターを通して写真表現の可能性を拡げてきました。すべてのフォトグラファーの期待に応え続けるために、キヤノンは歩みを止めることはありません。それがたとえ“不可能”といわれることであったとしても。

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