テクノロジー

開発者が語る


とことんリサイクル!その使命感をかたちに

「完全自動化」のリサイクルシステムをつくりたい―想いの根っこにあった技術者魂とともに、実現のためになくてはならなかったこととは。トナーカートリッジのリサイクルをけん引するキヤノンの開発者に聞きました。

根底にある「共生」の企業理念


使命感から始まったリサイクル

キヤノンでは、1990年にレーザープリンターに使用するトナーカートリッジ(以下、カートリッジ)のリサイクルを他社に先駆けて開始し、世界各地で展開してきました。

当時はいまほど環境保護への社会的な関心は高くない時代。大量のカートリッジが生産され、使用されたカートリッジは廃棄され続けていく。こうした状態に対して、“企業理念である「共生」の実現に向けた積極的な取り組みができないか”との声があがりました。

尾上博一(オノエヒロカズ)左、有馬寛人(アリマヒロト)右

尾上博一(オノエヒロカズ)左
有馬寛人(アリマヒロト)右

カートリッジ自動リサイクルシステム「CARS-T(Canon Automated Recycling System for Toner cartridge)」の開発プロジェクトメンバー。

最初は使用済カートリッジを手作業で分解し、使える部品を取り出して再使用する「リユース」からスタートしましたが、手間がかかる割にリユースできる部品は限られていました。リサイクル領域の拡大にむけて、まずは手作業で再生プラスチックのリサイクルに着手し、2000年前後には、一部の工程を自動化した半自動機ラインにおいて、再生プラスチックのリサイクルを行うようになりました。一方、一般的に再生プラスチックは、材料となる回収プラスチックの使用時の劣化、再生工程での劣化などもあり、そのままでは新品のプラスチック材料より品質面で劣ります。キヤノンでは新品のプラスチック材料を混ぜて品質を担保しており、課題を感じていました。使用されたカートリッジの回収本数は増加し続けており、このままではリサイクルプラントの能力が追い付かなくなるのではという危機感。多くのカートリッジを生産する企業として、再生プラスチックの品質を高める必要があるという使命感。ここからリサイクル技術をもう一段加速させるプロジェクトがはじまりました。

- どんなリサイクルシステムをめざしたのでしょうか?

一言でいうなら、 “とことんリサイクル”です。
カートリッジは、メインのプラスチック部分のほか、ローラー、ネジ、トナーやゴムなど、多くの部品や材料でできています。リサイクル工程は、一部の工程は自動化されても多くの人手と手間がかかっていました。カートリッジの分解時に飛び散る粉や大きな稼働音など、働く人にとって、決してやさしい職場とは言えませんでした。これをクリーンでサイレントな環境にしようと、マスクがいらない環境と、事務所レベルの静音性をめざしました。

レーザープリンターのシェアが高いキヤノンだからこそ感じた課題であり、使う人も、つくる人も、みながハッピーなシステムをめざそう!というコンセプトで、いわば人にやさしいリサイクルです。
この実現には、リサイクルシステムの完全自動化が鍵でした。業界では初めての試みでしたが、キヤノンはカートリッジの生産ではすでに自動化を実現していたので、”自動機がつくれる我々ならリサイクルの自動化もできる”という自信もありました。

カートリッジ自動リサイクルシステム

カートリッジ自動リサイクルシステム

新しいシステムの構築


一般的な材料から唯一無二を生み出す

キヤノンでは、使用したカートリッジからプラスチック材料を分別して、繰り返し新たなカートリッジに生まれ変わらせる「クローズドループリサイクル」に力をいれています。カートリッジのプラスチックを99%以上の高純度に精製できるようにした結果、リサイクルした再生材料を新しいカートリッジのプラスチックにそのまま再利用できます。実は一般的なリサイクル材料は、そこまで純度が高くなく、同じ素材として再利用するためには、新品のプラスチック材などを加える必要があります。高純度に精製するというところがノウハウの塊です。

※キヤノンが定める選別方法による

使用したカートリッジからプラスチック材料を分別して、繰り返し新たなカートリッジに再生

使用したカートリッジからプラスチック材料を分別して、繰り返し新たなカートリッジに再生

自動機自体は、最先端技術ばかりを取り入れているわけではありません。カスタマイズした汎用機を組み合わせてラインを構築しており、材料の分別は、帯電性や比重といった物理特性を利用するなど、アイデアや工夫で、業界初の自動化ラインをつくりあげています。

帯電性や比重など物理特性を利用して材料を分別

分別したプラスチック材料から再生プラスチックをつくる工程では、トナーを練る技術など、既存技術を応用しているほか、新しい技術を生み出して特許化しています。トナーなど粉を扱う工程では、窒素を循環させることで粉じん爆発を防止しており、これ自体は一般的な技術ですが、知恵と工夫で”窒素のリサイクル”を実現。一般的な技術に、”水を使って窒素が漏れないように循環させる”という視点を加えることで、使う窒素量を低減しながら、粉じん爆発を起こさないしくみを可能にしました。

幅広い知見に触れる


遊休設備を生き返らせて “とことん”リサイクル

リサイクルの自動機ラインは、さまざまな装置をカスタマイズし、組み合わせて構築しています。汎用機を使うことも多く、装置の検討にあたっては、展示会に行って探したり、企業の工場見学をさせてもらうなど、視野を広げて情報を収集しました。欲しい装置が日本にない場合は、アメリカやフランスのグループ会社に検証を協力してもらうこともありました。

自動機ラインは外部から探してくるだけでなく、社内のほかの部門にある使われていない設備も再利用しています。いわば装置のリサイクルです。キヤノンには全社で遊休設備を共有するシステムがあるので、再利用できそうなものを見つけて担当者に連絡をとると、装置に関する情報や転用のためのノウハウを教えてくれました。自分だけではわからないことも、社内にはさまざまなジャンルのプロがいるので、部門を超えて気軽に相談でき、フラットに知見を共有しあえます。世界中にたくさんの仲間がいることを心強いと感じています。

仮説検証で導き出す


数百キロの材料を持ち込み、装置メーカーで実証実験

リサイクルシステムの開発は初めて経験することだらけ。なかでも各工程における装置の検証は、リサイクルの品質にかかわる重要な任務です。単身で装置メーカーに赴き、数百キロの材料を持ち込んで検証作業をしたことも。品質管理を専門とするメンバーをはじめ、チームのバックアップはありましたが、専門外のことを含めて自分で仮説を立てて検証し、客観的数値をもとに判断する力が磨かれたと思います。初めてひとりで出張した際はもちろん緊張しましたが、一度できたことは自信につながり、ものおじせずに取り組めるようになりました。

20前後あるリサイクル工程において、それぞれ細かなカスタマイズが必要で、サプライヤーとの協業も必須でした。プラスチックの精製工程には、素材の比重の違いを利用して自動分別する工程がありますが、素材を溶液につけて洗浄しながら精度よく分別するためには、溶液に工夫が必要です。グループ会社のキヤノンエコロジーインダストリーや社外の溶液メーカーとともに、配合、実験を繰り返し、最終的には数百種類のデータを取得して独自配合の溶液をつくっています

リサイクルの自動機ラインの仕事にあたり、専門外の分野も含めて一人で多くの工程を担当したので、技術者として、社会人として、幅広い知識やスキルを得られ、自己成長につながったと実感しています。

未来につなぐ


とことんリサイクルの先を見据えて

これまでリサイクルしたカートリッジを一列に並べると、地球3周分以上に相当します(2021年末時点)。カートリッジの技術開発部門では、新製品開発の段階で省エネやリサイクル性能が必須要件になっており、要件を満たさないと製品化に進めないしくみとなっています。自動リサイクルシステムで分別できる特性やパラメーターを共有して、リサイクルしやすい材料選定や材料開発、リサイクルしやすい機構設計を進めています。こうした取り組みにゴールというものはありません。これまでも、そしてこれからも、限られた資源を生かすために、リサイクル技術を進化させていきます。

大内ゆみ(おおうち ゆみ)
1971年東京都生まれ。パソコン雑誌、看護雑誌の編集を経て、ライターとして、主に医療分野で治療やケア、医療機器関連の記事の取材・執筆を行う。

<インタビューを終えて>
世界に誇る精密機器を世に送り続けているキヤノン。その製品開発を支えてきた生産技術がカートリッジ自動リサイクルシステム「CARS-T」の基盤となり、業界最高水準のリサイクルを実現したことが印象的でした。

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トナーカートリッジ

粉状インクのトナーと、紙へトナーを転写するローラーなどを一体化したことで、トナーを使い切ると同時にユーザーが自分で取り換えることができる。従来必要だったサービスパーソンによるプリンターの定期メンテナンスを不要にした画期的なしくみ。

共生

キヤノンの企業理念。世界の繁栄と人類の幸福のために貢献していくこと。

キヤノンエコロジーインダストリー

キヤノン製品のリユース、リサイクルを行うグループ会社。