仕事と人
キヤノンリサーチセンターフランス 知財部門
キヤノンリサーチセンターフランス(CRF)は、キヤノングループの欧州研究拠点であり、フランスの首都パリから高速鉄道(TGV)で西に向かって約1時間半、ブルターニュ地方の中心都市であるレンヌにオフィスを構えています。CRFは社員数50名前後の小規模な会社ですが、1990年の設立以来一貫して通信技術と画像処理技術をコア領域とした技術研究を行っています。2000年代半ばからは、それらの技術知見を生かしてさまざまな国際標準技術の標準化(国際標準化)にも貢献しており、いまではキヤノングループの中で国際標準化並びに標準必須特許取得の中心的役割を果たしています。

国際標準化への取り組み
CRFが最初に国際標準化に取り組んだのは動画符号化技術です。2000年代に標準化が行われたH.264/AVC規格から標準化活動に参加し始め、その後継となるH.265/HEVC規格で活動が本格化し、最新のH.266/VVC規格策定への貢献を経て、さらに次世代規格の標準化へとその活動をつなげています。また、これらの技術で符号化される動画や静止画を保存したり伝送したりするためのMPEGファイルフォーマット技術の標準化にも取り組んでいます。一方、通信分野では無線LAN(Wi-Fi)に関わるIEEE802.11規格の標準化や、5GやBeyond 5Gなどのセルラーネットワークに関する3GPP規格の標準化、また最近ではワイヤレス給電に関わるWPC(Qi)規格の標準化にも取り組んでいます。
国際標準化のプロセスは、2~4ヶ月毎の周期で開催される標準化会議が中心となっており、この会議に向けて各社はシミュレーションを含めた技術開発を短期間で行います。標準化会議には世界中から数十~数百人のエンジニアが集まり、各社それぞれの技術提案が「寄書」という形で提出され、採否をめぐって激しい議論が繰り広げられます。こういった議論は、会議外のロビー活動も含めて日夜行われ、各社の思惑が複雑に絡み合うことから標準化される技術の方向性もダイナミックに変化します。
標準化に関する知財活動
CRFで現在取り組んでいる研究テーマの多くが国際標準に関するものであり、国際標準化活動に参加しているエンジニアから生まれる発明を標準必須特許(SEP)にすべく、CRFの知財メンバーは日々努力しています。SEPとは、標準技術を製品に実装するために不可欠な特許のことであり、標準規格に準拠した製品が世界中で増えれば増えるほどこの特許を実施した製品が増えることになるため、非常に価値が高い特許であると言えます。
国際標準化とSEPの出願・権利化の関係を大まかに表すと、右図のようになります。

はじめに、国際標準化における技術課題を特定するとともに、それに対する技術的な解決手法を検討します。そして、この検討結果に基づいて標準化会議に提出するための寄書をドラフトし、寄書を提出する前に特許出願を行います。発明が完成してから寄書を提出するまでの期間は数週間~数日と非常に短い場合があることに加えて、他社よりも一日でも早く出願する必要があるため、正確さだけでなくスピーディーな作業が求められます。
寄書提出後、標準化会議での発表や議論を経て自社技術が標準規格に採用されることになりますが、これと並行して権利化手続きを進め、無事に特許として登録されれば権利活用へと進みます。
CRFの強みの一つとして、知財メンバーの技術知識と標準規格書の理解レベルの高さが挙げられます。知財メンバーは、特許権利化のための専門知識を有することは当然ながら、エンジニアと対等に議論できるほどに技術を理解しており、クレームと標準規格書の整合を細部までチェックすることで、確実かつ最短ルートでのSEPの獲得に貢献しています。
CRFは標準化活動を通して技術の発展と市場での普及に貢献するだけでなく、そこから生まれた独自技術を特許としてしっかりと保護することで、キヤノン全体の知財ポートフォリオを強化し、カメラやプリンタ、メディカルを含むキヤノングループ全体のビジネスに貢献しています。

知財メンバーのコメント
2003年にCRFの知財部門に加わって以来、私が果たしてきた役割は、時とともにますます中心的なものになってきました。国際標準化・SEP取得において、CRFエンジニア、特許事務所、キヤノン株式会社の中核的な役割を担っています。ある意味では、私は東京にある知的財産法務本部の代理として、彼らの知的財産を守り、キヤノングループの知財ポリシーを実践し、エンジニアや知財チームメンバーとのトレーニングや日々のやり取りを通じてキヤノン知財のノウハウやDNAを広めています。これは効果的でとても満足度の高い役割です!また、優秀なエンジニアと直接接することで、技術の理解を深めるだけでなく、彼らがもたらすイノベーションの本質を捉えることができます。この重要なポジションと私が長年かけて得た経験により、私は重大な局面で適切なアドバイスを行い、知的財産権を確保するために迅速に行動し、発明者が提供した最初のアイデアを対象の製品または規格にとって価値の高い特許となるように拡張することができています。

CRFで知財のプロフェッショナルとして働くことは、高い品質基準を満たすために求められることが大きい分、刺激的です。
標準化以外の知財活動
CRFでは、通信技術や画像処理技術の国際標準化を中心としながらも、それら以外の開発テーマにも取り組んでいます。特徴的な一例として、ヴィンヤード(ワイン用のブドウ畑)向けソリューションが挙げられます。これは、言わずと知れたワインの産地であるフランスという地の利を生かしたもので、広大な畑にひろがる無数のブドウの木を、マップを用いて管理することで付加価値を提供しています。CRFは現在、ベンチャー企業とタッグを組んでフランス国内にある世界的に有名なシャトー(ワイン生産者)への技術提供を試みているところであり、このソリューションに必要なコア技術についてもしっかりと特許で保護しています。

(2025年1月現在)