光のなぞ 光や色のたのしい知識がいっぱい!

光の“正体”は?

光の速度を測れ!

光の速度はあるのか?

現在、光の速度は秒速29万9792.458キロメートルとされています。しかし実は、光の速度がきちんとわかったのはつい最近のことです。

古代の人々は、光の速度は無限大だと信じていました。光の速度を測ることを初めて考えたのはガリレオ(1564-1642)だと言われています。ガリレオの著書『新天文対話』には、光の速度を測る方法が書いてありますが、実際に速度を測ることはできませんでした。

光に速度があることが分かったのは、今からわずか300年ほど前です。デンマークの天文学者レーマー(1644-1710)は1676年に、木星とその衛星イオを観測中、イオが木星に隠れる周期が、予想よりもわずかに遅れていることに気付きました。レーマーは、この遅れの原因は、光が木星から地球まで届くのに時間がかかること、つまり光に速度があることだと考えました。レーマーの精密な観測データを元に、光の速度が初めて計算されました。
この時に計算された光の速度は、現在知られているより30%も小さい不正確な値でした。しかしレーマーの発見は、光には速度があることを初めて証明した、非常に画期的なことでした。

秒速29万2792.458キロメートルは、地球を1秒間に7.5周する速さ。

秒速29万2792.458キロメートルは、地球を1秒間に7.5周する速さ。

オーレ・レーマー

オーレ・レーマー
オランダで生まれ、パリで観測を行った。

木星の衛星イオは、42.5時間に1回木星の影に隠れる。

レーマーは、地球が木星から遠くにある時、イオが隠れ始める時刻が近くにある時より遅くなることに気づいた。 この遅れ時間が、光が地球の公転軌道を横切る時間にあたると考え、光の速度が計算された。

「速度」を測る実験

光の速度を初めて実験で測ったのは、フランスのフィゾー(1819-1896)です。
フィゾーの実験では、観察地点から放たれた光が、遠くの反射鏡で反射して戻ってくるまでの時間を計り、そこから光の速度を求めました。実際には光が非常に速いため、フィゾーが行った実験では、実験装置の光源と反射鏡の間の距離は9kmにもなりました。その結果わかった光の速度は、秒速31万3,000キロメートルと、現在の値にかなり近い値でした。

その後も、光の速度を精密に測定する試みが続きました。20世紀半ばになると、電磁波やレーザーの技術を応用した装置を使って、さらに高精度の測定が行われ、現在使用している値とほとんど差がない値が得られるようになりました。

光の速度を測る技術が進歩した結果、1970年代には、測る方法による値のずれは非常に小さくなりました。そして1983年には、「国際度量衡委員会」という国際委員会で、真空中の光の速度を秒速29万9792.458キロメートルで確定することが決められました。

アルマン・フィゾー

アルマン・フィゾー

フィゾーの光速測定の実験

フィゾーは、パリ市内のモンマルトルと、パリ郊外のシュレーヌの間で実験を行った。 フィゾーは光の速度を測るためのアイデアとして、歯車の歯を通っていった光が反射されて戻ってくる時に歯車の回転数によって、戻ってくる光が歯車の歯の凸部でさえぎられて見えなくなることを利用しました。この時の歯車の歯の数と回転数を知れば、光の速度が求められたのです。

フィゾーの光速測定の実験

光の速度がメートルを決める?

今、光の速度には、光の性質の研究というだけでなく、もっと身近な意味があります。現在、1メートルの長さは、光の速度を使って決められているのです。

以前は、「メートル原器」と呼ばれる定規のようなものや、原子が出す光の波長を、「1メートル」の基準にしていました。しかし、技術の発達によって、長さをもっと精密に決める必要が出てきました。そのため、光の速度を使って、1メートルの長さを決めることにしました。
1983年に国際度量衡委員会は、 「1メートル=光が真空中を2億9979万2458分の1秒の間に進む距離」と定めています。 同じ1983年に確定した光の速度「秒速29万9792.458キロメートル(=秒速2億9979万2458メートル)」をものさし代わりに使ったのです。

かつてのメートル原器

かつてのメートル原器
日本では中央度量衡器検定所(現・産業技術総合研究所)が管理していた。

かつてのメートル原器

現在(2009年3月)は、「よう素安定化ヘリウムネオンレーザ」が発する光を基準にして、メートルを定めている。
写真提供:独立行政法人産業技術総合研究所

この記事のPDF・プリント

ほかの光のなぞ

日本の色いろいろ