犬は古くから、私たち人間といっしょに生活してきたもっとも身近な動物のひとつです。かれらは身のまわりや私たちのようすをどのように見ているのでしょうか。
色と光
犬は古くから、私たち人間といっしょに生活してきたもっとも身近な動物のひとつです。かれらは身のまわりや私たちのようすをどのように見ているのでしょうか。
犬の祖先はオオカミの仲間でした。ですので、犬もオオカミと同じように狩りがとくいな動物です。狩りがとくいなら、えものを見つけるために視力も優れていると感じがちですが、実は犬の視力はそれほど高くなさそうなのです。
犬をはじめとしたほ乳動物の眼のつくりは、よく似ています。人間も同じなのですが、外からの光が眼球の中に入るとレンズの役割をする水晶体で曲がり(屈折し)、網膜(もうまく)に像をつくります。網膜には光を感じとるたくさんの視細胞(しさいぼう=カメラでいうと光センサーです)があって、それぞれの視細胞が受け取った光の明るさや色の情報を、視神経(ししんけい)を通じて脳に送ります。その情報が脳でまとめられて、ものが見えるのです。
この、眼球から脳に情報を送る視神経の数が、人間では約120万本あるのに対して犬には約17万本しかありません。このことから、犬では脳に送られる情報の量が少なく、人間ほどの視力はないと考えられているのです。
また、近いところを見る能力も、人間の目は15cmぐらいまでピントが合いますが、イヌでは60~70cm以上はなれていないとピントが合わず、顔のすぐ近くにあるものはぼけて見えています※1。
※1 これは「ピントを調整できる範囲がせまい」ということで、人間の「遠視」とはしくみがちがいます。
ほ乳動物の眼球のつくり
そのかわり、犬は人間より左右に広い範囲(はんい)を一度に見ることができます。犬も人間も片目で見える範囲(視野=しや)は150度ほどですが、人間の視野が約120度も重なっているのに対して、犬は重なりが約60度。ですから、両目で見える範囲は、人間は約180〜200度、犬は240〜270度にもなり、斜めうしろまで首を動かさずに見えるのです。
左右の目で視野が重なる部分は、自分からの距離(きょり)もわかるので、もののようすをくわしく見ることができます。人間は正面のようすをくわしく観察できるように、犬は広い視野でものをとらえられるように発達したと考えられています。なお、馬やひつじなどは、肉食動物におそわれないよう素早く敵を見つけて逃げるために、もっと頭のうしろのほうまで見える広い視野を持っています。
このことは、犬と人間の網膜のつくりにもあらわれています。人間の網膜はまん中にくわしく見分ける能力が特に高い部分がありますが、犬では人間ほど集まらずに広がっています。
犬や人間の目がとらえる範囲
犬やねこの目に光があたると、ぴかっと光ることがよくあります。これは犬やねこなどの網膜のうしろ側に、人間の目にはないタペタムという層があるためです。タペタム層は、網膜の視細胞を通り抜けた光をはね返してもう一度網膜の視細胞に戻すので、視細胞はより弱い光でも感じとることができます。
また犬やねこは入ってくる光の量を調節(ちょうせつ)する、ひとみのまん中の部分(瞳孔といいます)を人間より大きく開くことができるので、より多くの光を網膜に入れることができます。
ですから、暗いところでの見る能力は人間より犬やねこのほうがはるかに高いと考えられています。
犬の目は光をよく反射します
網膜にある視細胞は、いわば光センサーで、暗いところでも光を感じとる「桿状体(かんじょうたい)」と、明るいところで色などを詳しく見分ける「錐状体(すいじょうたい)」の2種類があります。犬は人間と較べてすいじょう体の数がとても少ないため、色を見分ける能力が低いと考えられています。
さらに、人間のすいじょう体には赤、緑、青という光の三原色を受け持つ3種類がありますが、犬には青と明るい黄色の2種類のすいじょう体しかなく、その組み合わせでまわりを見ているようです※2。そのため、赤い色が見えにくい(暗く見える)とされています。
色を見る能力が高くないのは、犬の祖先が森の中や夕暮れなどまわりが暗いときに狩りをしていたためといわれています。暗いところでは色をくわしく見るより、動くものをすばやく見つけることが重要でした。犬はにおいをかぎ分ける能力が高いので、色よりもにおいで相手をくべつできるため、色は重要ではなかったと考えられています。
※2多くのほ乳動物のすいじょう体は、霊長類以外は2種類だけです。サルや人間などの霊長類は樹の上で植物の実などをとってくらしていたので、赤く色づいた実を見つけるために3色をくわしく見分けるようになったという説があります。
人間が見ている光景
犬が見ている光景
人間と同じ光景を見たとき、犬にとっては赤は暗くなり、ほぼ青と黄色の2色と、その明るさのちがいとして見えていると考えられます。
(写真は推測によってえがいたもの)
私たち人間は青(光の波長が短い色)から赤(波長が長い色)までを見ることができますが、さらに波長の長い赤外線やより短い紫外線は見えません。犬もだいたい同じと考えられてきましたが、最近になって犬の目の水晶体が紫外線を通すことがわかりました。これが見る能力に関係があるかはまだわかっていませんが、もしかすると、犬は紫外線を感じているかもしれません。
また、犬の眼球には「クリプトクローム1」というたんぱく質が見つかっています。これとよくにた物質の「クリプトクローム1a」は、渡り鳥が方位を知るのに利用するなど、鳥類では磁気センサーとしてはたらいていることが知られています。もしかすると犬も目で磁力を感じて、遠く離れたすみかに帰るためなどに使っているのかもしれません。
目が持っている能力から考えてみると、犬の見ている世界は…全体に少しぼんやりして目の近くはピントが合わず、色もくわしくはわからないので、明るい場所での視力でだけ比較すると、人間より良いとはいえません。しかしそのかわり、暗い場所でもとてもよく見え、より広い範囲をいっぺんに見わたせるという、人間の目よりも優れた面も持っています。
また、短い時間の間の動きをとらえられるので、人間より動きをくわしく見ることができます。
ただし、見る能力は網膜から伝えられた光の情報を脳がどのようにとらえるか(どう情報を処理するか)によって変わります。たとえば、色については、色を感じるすいじょう体は2種類でも、明るさなどほかの情報からより多くの色を区別することができるとも言われています。さらに、磁力や紫外線を感じるセンサーも持っているので、人間には見えないこと、わからないことが犬には見えているのかもしれませんし、わかっているかもしれないのです。
光の“正体”は?
レンズと反射鏡
色と光